中長期的な経営戦略及び課題

目標とする経営指標

 当社グループはイノベーションの創出による企業価値の向上を重視し、経営計画の策定にあたっては、革新的な新薬の創出に対して優先的に経営資源の配分を行っております。一方で、短中期的にも安定的な利益成長を達成できるよう、機動的で柔軟な事業運営に努めております。また、個別の開発テーマ等の投資判断におきましては、資本コストを踏まえた投資価値評価を行い、収益性と効率性を重視した意思決定をしております。
 このような方針のもとで、これまで「IBI 18」、「IBI 21」等の中期計画を策定・遂行してまいりましたが、近年では、当社の収益構造が大きく変貌を遂げ、収益面ではイノベーティブな自社開発品がもたらす割合が大きくなりました。そして、その収益の源泉は世界各国の市場へと広がり、これまで以上に海外市場の動向に収益が影響を受けるようになりました。
 また、外部環境においては、ヘルスケア産業におけるデジタル化、創薬技術の進化、医療財源の問題、国を跨いだ企業結合や提携の活発化など競争環境が大きく変化しています。このような変化の激しい事業環境を背景としまして、当社としては、中長期の定量目標を定めて、それらを外部に発表するのが難しい状況になっているという判断に至りました。これを踏まえ、2021年度より中期計画についての定量目標の開示は止めることといたします。一方、これまで通り経営戦略や研究開発パイプラインの見通しの説明を通じて事業活動の進捗の状況を開示し、その達成に道筋を示していくことには変わりはなく、引き続き、年間業績予想の公表や各説明会等の場で経営状況を説明し、当社の掲げる経営戦略の進捗を適時報告していく予定です。


環境認識と対処すべき課題

 世界人口の増加と各国における高齢化進展によって、医薬品への期待・ニーズが増大するなか、持続可能な医療の実現が世界共通の課題となっております。2020年に発生した新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって、社会における医療の役割と重要性も強く認識され、産業への期待もますます高まっています。また、各国の医療財政が逼迫する中、薬剤費を含む医療費の抑制政策はますます厳しくなっており、限られた資源のもとで高度かつ持続可能な医療を実現するため、「真に価値あるソリューションだけが選ばれる」バリューベースド・ヘルスケア(VBHC:Value Based Healthcare)の流れはますます加速しています。
 また、ライフサイエンスやデジタル技術の飛躍的な進歩によって、医療課題解決に向けたイノベーション創出機会が拡大する一方、デジタル・IT企業をはじめとする多様なプレーヤーがヘルスケア領域でイノベーションに挑戦しています。その結果、既存企業の枠を超えた競争もこれまで以上に熾烈化しております。
 そのような中、革新的な医薬品の提供を使命とする私たちの最重要課題は、やはり「イノベーション」の追求だと考えます。新たな治療ターゲットの探索や創薬技術のさらなる革新により、アンメット・メディカルニーズ※6に応える新薬の創出が求められます。また、患者さん一人ひとりにとって最適な医療の実現に向けて、ライフサイエンス進展による新たな技術、ビッグデータやAIなどのデジタル技術の進化を柔軟に取り入れながら、従来の創薬力にとどまらない能力を獲得・強化することが課題となります。グローバル規模での財政圧力の増加によって製薬企業の経営環境が厳しさを増す中、限られた資源をイノベーションに集中投資できる体制への変革が一層求められています。
 当社グループは、革新的な新薬の創出とロシュとの戦略的アライアンスを基盤として、国内トップクラスの成長を実現してまいりました。ロシュの充実した新薬パイプラインによる安定した収益基盤を確保しながら、自社創薬に資源を集中し、革新的な研究開発プロジェクトを連続的に創出しております。その結果、これまで5つの当社創製医薬品(「アクテムラ」、「アレセンサ」、「ヘムライブラ」、「エンスプリング」、「ネモリズマブ」)が米国FDAから「画期的治療薬(Breakthrough Therapy)」に指定されるなど、当社グループの創薬力は世界的に高い評価を受けております。また、後期開発や販売では、ロシュのグローバル・プラットフォームを活用することで、高い生産性を実現しております。
 今後、「アレセンサ」、「ヘムライブラ」、そして2020年に上市した「エンスプリング」などの成長ドライバーをグローバル市場で確実に価値最大化すること、そしてこれらに続く革新的新薬をいち早く創出し、高い患者価値を証明しつつ迅速な開発を成し遂げることで、今後も持続的な利益成長を目指してまいります。また、新型コロナウイルス感染症に対する診断・予防・治療の必要性が高まる中、当社グループは独自の創薬技術を活用した治療薬の開発に引き続き取り組んでいきます。
 こうした製薬産業における課題に加え、近年の地球環境変動や経済格差の拡大など社会システムの持続性への危機が高まっています。事業活動の持続的な発展のために、当社としてもこれらの社会課題と真摯に向き合い、事業活動への取組みにもさらなる進化が必要であると認識しております。


中期経営計画「IBI 21」

 当社グループは、2019年から2021年の3か年を期間とする中期経営計画「IBI 21」を掲げて取り組んでまいりました。
 定量面では、3年間でのCore EPS年平均成長率目標30%前後(一定為替レートベース、期間途中の株式分割を考慮せず)を設定しておりましたが、「ヘムライブラ」や「アクテムラ」など自社品のグローバル市場での大幅な成長や、「ヘムライブラ」、「テセントリク」など新製品の国内市場での拡大を背景に、2020年までの2年間で年平均49.5%の成長を達成し、想定を上回る高い水準で進捗しています。
 定性面においても、創薬・開発では、2年間で新たに5つのプロジェクトがポートフォリオに加わり、次世代抗体の「STA551」をはじめ4つの自社創製品が臨床入りしました。また、新たな成長ドライバーと期待する「クロバリマブ(SKY59)」の第Ⅲ相臨床試験を開始しました。さらには、次世代コア技術として確立を目指す中分子医薬の開発も、2021年度中の臨床試験開始に向けて順調に進展しています。
 グローバル市場では、自社創製品の「ヘムライブラ」、「アクテムラ」、「アレセンサ」が大きく伸長すると共に、自社創製の新製品「エンスプリング」が日米をはじめ世界各国において承認を取得しました。国内市場では、新製品の「テセントリク」が複数がん種に適応拡大し市場浸透しました。また、次世代シークエンサーを用いた包括的がん関連遺伝子解析システムである「FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル」を2019年上市し、がんゲノム指定病院での使用が本格化しています。
 経営基盤の強化についても、タレントマネジメントの高度化と役割成果主義を軸とした新人事制度を2020年4月より開始し、イノベーションを牽引する人財の活躍・育成に向けた新たなスタートを切りました。また、デジタル・トランスフォーメーションによる事業革新を目指した「Chugai Digital Vision 2030」を策定し、デジタルを梃子にしたバリューチェーンの最適化と新薬創出力の高度化・効率化を強力に推進しております。さらには、ESGをはじめとするサステナビリティ基盤を強化してまいりましたが、世界の代表的なESG評価指数である「Dow Jones Sustainability Index World」の構成銘柄に2020年初めて選定され、グローバル水準で持続可能性の高い企業として評価されました。
 このように、2021年を最終年度とする「IBI 21」は、定量面では開始当初の想定を大きく上回る収益拡大・利益成長を実現し、3年での利益目標をすでに2年時点で達成しました。定性面でも目標を上回る成果を実現し、イノベーション創出によるさらなる成長に向けた基盤が大きく整いました。これらを踏まえ、今回、「IBI 21」を1年前倒しで終了し、新たな戦略のもとでさらなる成長加速を目指した取り組みを開始することとしました。


2030年に向けた新たな成長戦略「TOP-I 2030」

 当社グループは、「IBI 21」を1年前倒しで終了するとともに、ミッションステートメントに掲げたEnvisioned Futureの実現を目指し、2030年に向けた新たな成長戦略「TOP I2030」を策定しました。
 「TOP I 2030」の二つの柱は、「世界最高水準の創薬の実現」と「先進的事業モデルの構築」です。
 独自のサイエンスと技術を駆使して数々の革新的新薬を生み出してきた当社は、今後10年間でさらに創薬力を大きく向上させ、世界のアンメット・メディカルニーズに応えるソリューションを継続的に世に送り出せる体制構築・強化を目指します。具体的には、現在のR&Dアウトプットを10年間で2倍に拡大し、革新的な自社開発グローバル品を毎年上市できる会社を目指します。
 そして、環境変化や技術進化を踏まえた先進的事業モデルの構築にも取り組んでまいります。特にデジタル化を核としたプロセスや価値創出モデルの抜本的な再構築によって、バリューチェーン全体にわたる生産性の飛躍的向上と、患者価値・製品価値の拡大を目指してまいります。
 そして、2030年の「到達像」を以下のように提示します。
1)「世界の患者が期待する」
世界最高水準の創薬力を有し、世界中の患者さんが「中外なら必ず新たな治療法を生み出してくれる」と期待する会社
2)「世界の人財とプレーヤーを惹きつける」
世界中の情熱ある人財を惹きつけ、ヘルスケアにかかわる世界中のプレーヤーが「中外と組めば新しい何かを生み出せる」と想起する会社
3)「世界のロールモデル」
事業活動を通じたESGの取り組みが評価され、社会課題解決をリードする企業として世界のロールモデルである会社
 「TOP I 2030」では、戦略の二本柱を実現するための具体的な取り組みとして、バリューチェーンに沿った「5つの改革」、すなわち「創薬改革」、「開発改革」、「製薬改革」、「Value Delivery改革」及び「成長基盤改革」を掲げております。


(ⅰ)創薬改革

 「TOP I 2030」では、たんぱく質エンジニアリング技術をはじめ、これまで積み上げてきた自社創薬の強みをベースにしながら、独創的な創薬アイデアを具現化する創薬技術基盤の一層の強化を目指します。そして、最大の価値創出源である創薬及び早期開発に全社資源を集中し、十分な投資によって成果を創出してまいります。特に、当社グループの今後の中長期的な成長を牽引する大黒柱として期待する中分子医薬では、早期の実用化に向けた技術開発・臨床プロジェクトに資源を優先的に投入します。また、AIを含むデジタル技術の効果的な活用と積極的な外部連携を通じて、創薬技術の多様化、スピードの加速を図ります。


(ⅱ)開発改革

 画期的なプロジェクトをより速く、より多くの患者さんに届けるため、数理モデルやデジタル技術を最大限活用した業界トップクラスの臨床開発モデルを構築します。生体反応を精緻に理解し、自社に蓄積されたあらゆる疾患・治療データやリアルワールドデータ(RWD)※7を徹底活用することで、用法用量・有効性・安全性の予測性を高めるとともに、デジタル・バイオマーカーやデジタル・デバイスで、患者さんのQOL※8を早期に実証していきます。また、後期臨床開発の業務効率化を目指したオペレーション・モデルの抜本的な改革にも取り組みます。


(ⅲ)製薬改革

 R&Dアウトプットの大幅な拡充を目指す一方で、革新的創薬を確実に製品化する世界水準の製薬技術の追求も重要な課題となります。創薬・開発~製薬の機能間の連携を一層強化し、最先端技術を駆使して中分子などの高難度の薬物に対応した製薬技術開発を進めてまいります。引き続きコア技術として進化が期待される抗体医薬についても、さらなる技術開発の推進と開発スピードの向上に努めます。
 一方で、デジタル・ロボティクス※9の活用により生産性を飛躍的に向上させる次世代工場の構築や、内製・外製の最適化などによって、世界水準でのコスト競争力と原価の低減を追求します。


(ⅳ)Value Delivery改革

 デジタルツールの発達や、新型コロナウイルス感染拡大の影響を背景に、製薬企業の顧客タッチポイントのあり方も大きく変容しつつあります。そのような変化も踏まえながら、医療従事者や患者さんが求める情報を、高い専門性を担保しながら的確かつ迅速に届けるため、革新的な顧客エンゲージメントモデルの構築を目指します。具体的には、リアル(対面)・リモート・デジタルの最適活用と、営業・安全性・メディカルの各専門機能の適切な連携によって、顧客に対して価値ある情報を、迅速かつ最適な形で提供できる体制を構築します。 
 また、創薬や開発を通じて蓄積された各種データベースや、リアルワールドデータを統合的に解析・活用することで、個別化医療を促進するエビデンス創出を高度化し、患者さんごとに有効性・安全性を的確に予測するバイオマーカーの開発も加速します。


(ⅴ)成長基盤改革


 各バリューチェーンにおける改革と並行して、イノベーションの創出と成長戦略の実現を支える全社基盤の強化にも、特に下記5つのテーマを重点分野として掲げて取り組んでまいります。

 「人財・組織」:2020年より開始した新人事制度の運用を通じて、タレントマネジメントの高度化、適所適財の徹底、そして果敢なチャレンジを推奨する組織風土の強化を図ります。また、データサイエンティストをはじめとするデジタル人財やサイエンス人財など、戦略遂行上の要となる高度専門人財の獲得・育成・充足に注力します。
 「デジタル」:各バリューチェーンにおけるデジタル化を推進するとともに、ソフト・ハード両面のデジタル基盤の構築に取り組みます。ロシュ・グループとも連携しながら、社内の各種データの統合や解析基盤構築を通じてグローバル水準のIT基盤の確立を目指します。
 「ESG」:「IBI 21」に引き続いて、当社グループのMissionと、事業の経済・社会・環境に及ぼす影響を踏まえて特定した重要課題(マテリアリティ)に取り組みます。また、「Dow Jones Sustainability Index World(DJSI-World)」選定でも評価されたESG課題へのグループ全体での対応について、引き続きその高度化を図ってまいります。
 「クオリティ」:当社グループでは、製品品質はもちろん、薬事対応やビジネスプロセス全体にわたるクオリティ・マネジメントの高度化に努めてきましたが、今後、多様な技術進化やモダリティへの挑戦に伴う新たな規制への対応、デジタル・コンプライアンスの強化、外部との協業拡大を見据えた品質保証体制の整備など、変化するビジネスプロセスを見据えたクオリティ・マネジメント手法の整備・運用を強化します。
 「Insight Business」:創薬、開発、製薬、Value Deliveryの各段階で得られるデータや、リアルワールドデータを含む外部データを集積し、高度な解析を加えることにより、自社の創薬・開発や医薬品の価値最大化に資する様々なインサイトを抽出し活用する取り組みを加速します。Flatiron HealthやFoundation Medicine、Roche Diagnostics等、ロシュ・グループ各社とも協働しながらこれを推進します。

 世の中には、未だ治療法が存在しない、或いは治療満足度が低いアンメット・メディカルニーズが数多く存在し、世界中の患者さんが有効な治療の登場を待ち望んでいます。これらアンメット・メディカルニーズを一つ一つ解決することこそが社会のニーズであり、私たち中外製薬グループの使命であり、そして企業としての成長機会でもあります。ミッションステートメントに掲げた「ヘルスケア産業のトップイノベーター」を目指し、新たな成長戦略「TOP I 2030」で策定した5つの改革を着実に実行することで、引き続き当社グループはイノベーションによる社会の発展と自社の成長を追求してまいります。


用語解説

※6 アンメット・メディカルニーズ 有効な治療法の確立や医薬品の開発が進んでいない治療分野における医療ニーズ
※7 リアルワールドデータ(RWD:Real World Data) 日常の実医療の中で得られる医療データ
※8 QOL Quality of Life(生活の質)。WHOは、一個人が生活する文化や価値観のなかで、目標や期待、基準、関心に関連した自分自身の人生の状況に対する認識と定義
※9 ロボティクス ロボットの設計・製作・制御に関する研究を行う「ロボット工学」のこと


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2021/03/23 12:00:00 +0900
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