当期の世界経済は、米国においては底堅い個人消費を背景に景気は堅調に推移しましたが、欧州においてはインフレ圧力の緩和はあったものの、エネルギーコスト起因での製造業の不振が顕在化、中国においては、政府は大規模な経済対策を実施したものの、内需の鈍化等で成長に歯止めがかかっていました。一方、我が国においては、物価高騰はあるものの、雇用・賃金環境の改善に伴う個人消費の増加により、景気は緩やかな回復と、いよいよ、失われた30年の終焉の兆しが感じられ始めました。
当社グループを取り巻く環境は、主要ユーザーである自動車産業においては、概ね堅調な需要が継続いたしましたが、中国経済の停滞の影響で、産業機械、建設機械向け等の需要は回復が遅れております。自動車産業においては、引き続き、電動化と自動運転技術の進展が大きなトレンドとなっており、特に中国メーカーが技術力・販売ともに、存在感を高めました。一方で、欧米では政府の補助金削減やインセンティブの打ち切りが影響し、バッテリー式電気自動車(BEV)の需要が減少するなど、実用性や利便性、経済性といった点から、プラグインハイブリッド車(PHEV)が再評価されており、今後もBEVとPHEV/HEV(ハイブリッド車)が併存する見通しとなっております。当社といたしましては、必要とされるものをタイムリーに良品廉価で提供できる体制をとりつつ、各市場の変化にタイムリーに応えていきます。
このような状況のなか、「我々愛知製鋼グループが将来めざす姿」として2020年度にまとめた、「2030年ビジョン」の実現を目指し、2024年度は、2024−26年度中期経営計画を策定、昨年5月30日に公表いたしました。この中期経営計画では、「この3か年で当社が社会から必要とされる「良き企業」であり「成長する企業」であることを改めて証明し、企業価値を最大化する」ことを基本方針に、下記の2点を重点施策として定めました。
1. 稼ぐ力を強化し、成長戦略を確かなものにする
2. 社会的価値の創造を推進
また、当年2月には、この中期経営計画をベースに、成長戦略と財務・資本戦略を具体化し、2040年までの当社の目指す姿を示した、中期経営計画のアップデートおよび2030年ビジョンの利益目標の上方修正を公表いたしました。
中期経営計画の目標達成を推進するため、当期は2024−26年度の初年度として、「変革のリーダー、私。」をスローガンに掲げ、「創業の精神に則りコンプライアンスを守りガバナンスに優れた正直で真っ当な企業行動」、「未来への責任を果たすべく、足元の稼ぐ力を取り戻し将来の成長戦略を確かなものにする」、「厳しく温かく人が育つ風土の醸成」といった重点施策に取り組んでまいりました。
2023年度に判明した鋼材長さ公差外れ問題をきっかけに、経営陣と従業員全員が創業の原点に立ち戻り、二度と品質問題を繰り返さないための活動を継続しております。具体的には「人づくり(意識改革)」として、問題解決に向けた消極性や、身内意識による牽制不全を打開し行動変容を促すリーダー研修の実施、「職場風土醸成」として、真因に全員でチャレンジする風土構築に資する人事制度・表彰制度の見直し、「しくみや組織の強化」として、リスクマネジメント本部を新設し、全社横断でのコンプライアンス・ガバナンスを強化するとともに、お客様とお約束した図面・仕様通りの製品検査・出荷を徹底するといった取り組みを実施しております。
サステナビリティ関連では、CO2排出量を2030年までに2013年度比で50%削減、2050年度のCN(カーボンニュートラル)実現を目指しております。昨年7月には、刈谷工場の鋼材熱処理炉の水素燃焼対応工事を完了し、水素燃焼技術の実証試験を開始いたしました。今回の試験では、水素による鋼材熱処理技術の開発を目標とし、水素燃焼の検証や知見収集など、水素の利活用に向けた実証を継続的に進め、これらの試験から得られた知見を活用し、他工場での水素利活用の展開も目指します。また、同年11月には、愛知県が設立した「中部圏水素・アンモニア社会実装推進会議(※)」と、CN実現に向け、中部圏における水素・アンモニア等のサプライチェーン構築を目指す基本合意書を、賛同企業20社とともに締結いたしました。基本合意書では、全国の先駆けとなる大規模な水素・アンモニア等のサプライチェーン構築を目指し、官民連携のもと地域を挙げて、一層の相互協力を図り、取り組みを推進することを合意いたしました。今後も、水素を始めとするクリーンエネルギーの活用を進めることで、持続可能な地球環境の実現に向けて貢献してまいります。
※ 水素・アンモニア社会の早期実現を目指し、2022年に愛知県が設立した組織。
水素・アンモニアのサプライチェーン構築や利活用の促進に向けた取り組みを促進。
バーナを導入した鋼材熱処理炉(写真奥)と、炉側面に組付けられたバーナ・配管(写真手前)(刈谷工場)
刈谷工場に導入した水素貯蔵設備
足元の取り組みといたしましては、「つくり、売り、買い」の、全方位での収益構造改革に取り組んでおります。
「つくりの改革」としましては、設備寄せ止め(生産性の高い設備への工程集約)による生産効率向上でのエネルギー費低減、原材料の品種ごとの価格をふまえた、最適な使用による原材料費低減、物流改革による整流化に取り組みました。「売りの改革」としましては、仕入れ先を含む労務費アップや運送費等のコストアップについて、顧客への理解活動を推進し、売価反映を進めることができました。今後は、収益の安定化のため、お客様に対し速やかな価格反映の必要性を丁寧に説明することで、最長6か月のスライドギャップ期間(売りと買いのコスト転嫁の期間)を短縮し、タイムリーに価格反映する仕組みを実現してまいります。
このような足元の取り組みに加え、中期経営計画で掲げた通り、「お客様に寄り添い期待に応える」、「お客様ニーズを深く掘り下げ、素材メーカーの知見・技術を活かして、部材・部品となる前の段階からお役に立つ」ことを念頭に、お客様の困りごとの解決にどんな素材・技術・部品が必要か、徹底的に検討してまいりました。その結果をふまえ、当年2月に、昨年公表した中期経営計画をベースに、稼ぐ力強化を主眼に置いた成長戦略と財務・資本戦略を具体化し、2040年までの当社の目指す姿を「中期経営計画アップデート」として公表いたしました。アップデートした中期経営計画においては、以下の3領域を主な施策ととらえ、実現に向けた取り組みを加速しております。
1)マルチパスウェイへの貢献:良品廉価な鋼材・鍛造品生産とさらなるCN貢献
2)需要地変化への対応:グローバルサウス(特にインド)事業展開
3)社会課題へのソリューション提供:新技術・新商品の積極投入
当社の強みである資源循環型のモノづくりに磨きをかけるとともに、成長が期待される分野・地域にリソースを投入・積極投資を行うことで、中期経営計画の達成を確実なものにしてまいります。
社員が幸せを感じられる「価値ある会社人生」を追求することが、結果として会社の成長につながると考え、2030年ビジョンの経営指針の一つとして「従業員の幸せと会社の発展」を掲げ、その実現に向けた人材への投資を積極的に行っております。まず、「問題解決を通した人材育成の強化」として、日常業務での指導を通じた「現地現物」「原理原則」「お客様目線」の徹底による問題点の明確化や真因追究、解決するために何をすべきかを真正面から考え、乗り越える姿勢を育むことに取り組んでいます。また、上司には、「どうすればやれるか」を共に考え寄り添う姿勢で温かくカバーできるリーダーとなれるよう、常識力・問題解決力・人間力を兼ね備えたリーダー育成のための研修を実施しております。
加えて、「価値観の共有・徹底を通じた一体感のレベルアップ」にも取り組んでおります。当期は、従業員が会社をどう見ているのか把握するため、「やりがい」「いい会社」についてのアンケートを実施し、課題(仮説)を抽出した上で、課題の検証のため、従業員に広くヒアリングを行いました。その結果、多くの課題は「上司による部下の面倒見の不足」、「声を上げたことに対する目に見える改善の不足」といった「本当に人を大切にしているか」の問題に収斂すると考えられますので、改めて「人」は財産と認識し、「人」にフォーカスした取り組みを人事制度、人材育成、広報施策、コミュニケーション施策、職場環境対策といった、あらゆる角度から行ってまいります。
人材への投資:新独身寮「白扇寮」
当社グループの当期業績につきましては、販売価格の値上がりにより、売上収益は前期と比較して27億円(0.9%)増の2,992億円と過去最高となりました。売上収益の内訳は、鋼カンパニーで1,067億円、ステンレスカンパニーで440億円、鍛カンパニーで1,255億円、スマートカンパニーで205億円、その他で23億円となっております。
利益につきましては、販売価格の値上がりや鉄スクラップ等購入品価格の値下がり、原価低減などが増益要因となり、営業利益は前期比16億4千4百万円(15.9%)増の120億1千6百万円となりました。また、税引前利益は前期比9億6千万円(8.8%)増の119億7百万円、親会社の所有者に帰属する当期利益は前期比12億2千7百万円(18.6%)増の78億2千万円となりました。
ご参考
特殊鋼の販売価格の値上がりがあったものの、販売数量の減少により、当期の売上収益は、前期と比較して、14億4千8百万円(1.3%)減少し、1,067億6千8百万円となりました。
〔主な取り組み〕
① 2026年度までに損益分岐点を2023年度比で20%引き下げるプロジェクトに取り組み、製鋼〜圧延の一貫歩留向上、鉄屑、合金鉄、副原料資源、油脂消耗品、資材等の安価資材探求に加え、寄せ止めをベースに生産に左右されない原単位低減や、小さく構えて急な環境変化に対応できる発注管理(保全費、油脂、消耗品)、構内物流の整流化、売価スプレッド改善などにより大きな成果を上げ、2年前倒しで、2024年度に目標達成することができました。
② 次世代製鋼プロセスやインドでの事業拡大といった企画検討を進めております。次世代製鋼プロセスの検討におきましては、お客様ニーズに紐づく最適品質の造りこみや特殊鋼業界No.1の省エネ効率を達成し、お客様のマルチパスウェイへ貢献することで、世界一の資源循環型ものづくり(CE)・CNと圧倒的なQCD競争力で、特殊鋼業界の中で勝ち抜いていくことを目標に検討を進めております。インド事業におきましては、バルドマンスペシャルスチール社(以下、バルドマン)への資本参加と現地現物での技術支援により向上したバルドマンの品質・生産能力をベースに、2023年1月から開始している当社グループのアセアン鍛造拠点(タイ、インドネシア)への鋼材供給の拡大やインド国内日系顧客販路開拓を進めております。今後も、バルドマンの品質・生産能力のさらなる向上のための支援を継続し、インドでの特殊鋼需要の拡大に対応してまいります。
ステンレス鋼の販売価格の値下がりがあったものの、販売数量の増加により、当期の売上収益は、前期と比較して、27億9千6百万円(6.8%)増加し、440億5千5百万円となりました。
〔主な取り組み〕
2026年度までに、ステンレス鋼全体の供給能力を2019年度比で4割増の年9万トンに高める計画に基づき、設備更新を順次進めております。前期までに原材料の溶解効率を高めた電炉に改修し、今回は第2ステップとして、約12億円を投じて知多工場の形鋼圧延ラインの増強とIoT基盤の構築を図りました。これにより、知多工場の形鋼圧延ラインの生産可能寸法を拡大でき、刈谷工場で生産していた形鋼の一部を知多工場に生産移管することで、生産負荷の最適配分による生産能力向上(7万3千トン/年、従来比 約15%向上)を実現いたしました。また、今後のステンレス鋼需要が見込まれる土木インフラ、エネルギーインフラ等などに対し川下展開としてエンジニアリングビジネス(設計協力・工場製作・現場施工)を強化し、ステンレス鋼材メーカーとして唯一の事業展開を進めております。今後も、製造プロセス改革を計画的に実施し、ステンレス鋼材の供給能力増強とともに、良品廉価なステンレス鋼材の安定供給に努めてまいります。さらにエンジニアリング機能を拡大し、老朽化したインフラ更新需要等に対応してまいります。このような取り組みを通じ、今後もステンレス鋼材とエンジニアリングでサステナブル社会の実現に貢献してまいります。
鍛造品の販売数量の減少はあったものの、販売価格の値上がりにより、当期の売上収益は、前期と比較して、12億4千4百万円(1.0%)増加し、1,255億6百万円となりました。
〔主な取り組み〕
今後、自動車の機構変化による数量減少が見込まれる中、量変動対応力の強化として、「売り、つくり、買い」の改革による収益改善に引き続き取り組んでまいりました。「売り」の改革では、電動車拡大に対応し、粗形材〜粗加工まで当社が手掛けることにより、お客様が粗形材と粗加工それぞれのサプライヤーを探す必要なく、工程スルーで当社での「ワンストップ調達」を可能とすることで次世代e-Axle(BEVやHEVなどの電動車両に使用される主要な駆動ユニット)向け部品の受注につなげることができました。また、「つくり」の改革では、生産性向上を目指した、老朽設備の寄せ止めや良品条件の明確化による品質向上に取り組みました。
加えて、多品種かつ少量でも良品廉価な製品を生産できる「多品種少量生産ライン」開発も進めており、汎用型を用いた回転逐次成形により自在に形状を作り、荒地工程と専用型を削減することで、型共通化および工程削減を実現する設備の開発に取り組み、2025年度中の号口稼働を目指しております。
鍛造業界は、とかく「成熟事業」と考えられますが、「CO2削減」と「コスト競争力向上」を組み合わせ、当社ならではの新たな価値を創造し、「日本の鍛造業を背負って立つ」意気込みで、挑戦を続けてまいります。
電子部品の売上の増加により、当期の売上収益は、前期と比較して、6億5千3百万円(3.3%)増加し、205億9千3百万円となりました。
〔主な取り組み〕
① 電子部品事業では、電動車の需要増加を見据え、岐阜工場(岐阜県各務原市)にてパワーカード(※)用リードフレーム(以下、リードフレーム)第4ラインを昨年5月に稼働いたしました。本ラインでの量産開始により、当社のリードフレームの生産能力は約160万個/月向上し、全体で約760万個/月となりました。当ラインでは、創業から培ってきたモノづくり力をベースに、これまでの生産能力増強で培った知見をライン設計に反映し、品質および生産性などの競争力向上を実現いたしました。
② 磁石事業では、昨年9月から、耐候性の大幅な向上を実現したNd異方性ボンド磁石「マグファイン®」の新製品サンプルの販売を開始いたしました。今回の新製品では、当社独自技術により磁粉1粒ごとにコーティングを施すことで防錆性能を向上させ、磁石において過酷な環境とされる水溶液中にて、磁力低下率を従来品比14%改善させることに成功し、安定した性能が発揮できるようになりました。今後は電動ウォーターポンプ(電動車のモータやバッテリー等の温度管理に使用される装置)など、従来以上に様々な用途のモータへの採用を目指すとともに、本技術を活かし、より高い磁力と耐候性を併せ持ち、さらに広い分野で活躍できる磁石の開発も進めてまいります。
※ パワー半導体が複数セットされたカード型のパワーモジュール